ブラジル第1回移民が着いた日が1908年(明治41年)6月18日だということは分かりました。では、出発した日はいつ、どこからだったのでしょうか。
それは1908年(明治41年)4月28日、神戸港からブラジル第1回移民船笠戸丸が781名の移住者を乗せて出帆したのです。このことを記念したブラジルの地図の中に「ブラジル移民発祥之地」と書かれた石碑があります。その石碑の右手前には次のように書かれています。
ブラジル第1回移民船「笠戸丸」が781名の移住者を乗せ、神戸港を出帆したのが、明治41年4月28日(1908年)であり、その後も引つづき、戦前戦後約25万人の方々が、神戸港からブラジルへ移住されたのを記念して、発祥のこの地に記念碑を建立するものである。
この記念碑に使用の石材は、遠くブラジル在住の兵庫県人会の有志から贈られたものである。
昭和54年4月28日 兵庫県 神戸市
国際協力事業団
財団法人日伯協会
このブラジル移民発祥の地とは、作家「石川達三」の小説「蒼氓(そうぼう)」に出てくる「黄色い無装飾の大きなビルディングの国立移民収容所」と書かれている建物のことです。
この建物は今年6月3日にオープンした、新たな多文化共生の拠点として整備された「海外移住と文化の交流センター」のことです。
この建物の名称を少し追ってみたいと思います。
1928年(昭和3年)3月、「国立移民収容所」が現在の場所(神戸市中央区山本通3丁目)に開設されます。1932年(昭和7年)、「神戸移住教養所」に改称されます。1941年(昭和16年)に閉鎖されますが、1952年(昭和27年)「神戸移住斡旋所」として再開されます。1964年(昭和39年)に「神戸移住センター」と改名され、1971年(昭和46年)5月に閉鎖されました。閉鎖されるまでの間に、およそ25万人をブラジルを主として南米諸国に海外移住者を送り出しました。「海外移住の歴史の生き証人」とも言える建物です。


